⑩スンナ派、シーア派
~カリフとイマーム~
☆ムハンマドは単なる宗教支配者でなく王様でもあった。
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後継者問題が起こる。
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ムハンマドの息子は亡くなり、娘には継がせることはせず、義理の父などの長老に跡を継がせることとなりました。
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後継の順番 (後継者の事をカリフと言います)
ムハンマド→アブー・バクル→ウマル→ウスマーン
☆ウマルは大変に優秀で、ササン朝ペルシアを滅ぼし広大なイランの領域がイスラム化しました。
☆アラブは東ローマ軍に対しても勝利をおさめ、エジプト、シリアを征服します。
アラブ帝国の基礎を築いたのがウマル。
☆それまでのイラン人はゾロアスター教という多神教を信じていました。
☆東ローマ帝国とアラブ国家の最前線がシリアのあたりとなります。
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☆アラブはここに大軍を置かなければならない・
シリアの総督、ウマイヤ家がその大軍の指揮をとります。
☆軍隊を掌握したウマイヤ家は力を持ちます。
☆4代目カリフを選ぶときに問題が起こる。
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選挙の結果ムハマンド一族のアリーがカリフに選ばれる。が暗殺されてしまいます。
(温和なアリーは、ウマイヤ家とムハマンド一族の妥協を考えましたが、納得できない部下に殺されてしまいました。)
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カリフはウマイヤ家に移り、もめないように、ウマイヤ家が世襲すると勝手に決めて始まったのが
ウマイヤ朝です。 (こちらはスンナ派の流れです。)
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☆もちろん、ムハマンド一族は不満!! 殺されたアリーの息子のフサインが動いて内戦が始まります。
☆現在、少数派のシーア派は生き残ったムハマンド一族のながれで、我らこそが真のムハマンドの後継者だとの主張です。
☆シーア派は現在はカリフという言葉は用いずに、イマームと言います。
☆ここまでで、スンナ派、シーア派が出てきました。